シャムチアーイー 2020/03/22更新

第六夜 草の小屋

「お兄ちゃん。私もお話を聞きに連れて行ってよ。お兄ちゃんは毎日行ってるでしょ。お母さん。私を連れて行くようにお兄ちゃんに言ってよ」
 ワッチーはお兄さんに何度もせがみました。
「お前はきっと向こうで眠くなるよ。どうしてついて来たがるんだろうなあ」
 とお兄さんは言いました。
「連れて行ってあげなさい。ワッチーもきっと聞くと思うわ。良いお話ならだれだって聞いた方がいいでしょ。私だって行きたいくらいよ。でも、家の中の片づけ物をしていたら夜になってしまいますからね」
 とお母さんが言いました。
「近所のビミーも行ってるし、ハンシーも行ってるわ。ハルニーだってお兄さんが連れて行ってるわ。お兄ちゃんはどうして私を連れて行ってくれないの」
 ワッチーは必死になってお兄さんに訴えました。
「よし、それじゃ連れて行こう。でも、眠たいよう、家に帰ろうよう、なんて言って、ぼくをせかしたら承知しないよ」  こう念を押してから、お兄さんはワッチーをアーシュラムヘ連れて行きました。

 アーシュラムでのシャムのお話を聞くために、男の子も女の子も集まり始めました。大人の人たちもひまを見つけては来るようになりました。

 ワッチーと彼女のお兄さんがアーシュラムに着いた時には、お話はもう始まっていました。

 とうとう、父の弟はぼくの父を家から追い出してしまった。バーウバンドキー!(兄弟仲の悪さを意味する特別なマラーティー語)このインドの国には、兄弟仲の悪い例がたくさんある。『マハーバーラタ』の時代から今日まで絶え間なく続いている。兄弟間に愛がないところにどうして独立や自由がありうるだろうか。ぼくの父が育った家、30年間良きにつけ悪しきにつけ、みんなのめんどうをみてきた家、他のみんなにはヨーグルトや牛乳を使った豊かな食事を与え、父自身はスープでしのいだ家、弟や妹たちを結婚させ、彼らの欲望を満たしてやった家、その家から父は追い出されようとしていた。家の中で、母も屈辱的な言葉を身に受けなければならなかった。ぼくはそのころまだ幼かった。母はときどき、この家を出て行かなければならなかった時のことを、目にいっぱい涙を浮かべてぼくたちに話してくれた。

 その日のことを、ぼくはまだ覚えている。
 ちょうどその日はガナパティー神のお祭りだった。村にはアッビャンカルという名のたいへん有名なキールタンカール(宗教的な教えを歌にして説く僧侶)が来ていた。彼は物語にふしをつけて歌うことになっていた。村中の人々はその物語を聞きにお寺に行っていた。

 ぼくたちはその夜、まさに家を出ようとしていた。母は涙を流していた。彼女がモリーの乳をしぼった家、召使いたちにおなかいっぱいご飯を食べさせてやった家、この家、この理想郷を母は離れようとしていた。昼間は恥ずかしいといって、夜、家を出ることになっていた。一番下の弟は、母に抱かれていた。彼はヤシュワントの次に生まれた弟だった。父が先に出て行った。その後を母とぼくがただ黙ってついて行った。ぼくたちは母の実家へ行こうとしていた。

 母の実家は同じ村の中にあった。祖父母の家にはその時、だれもいなかった。祖父母はプーナの息子のところへ行っていた。数日後に彼らは帰ることになっていた。

 闇にまぎれ、隠れるようにして、ぼくたちは祖父母の家に入った。お寺では、村人がみんなそろって楽しんでいる最中だった。しかしぼくたちは、まるで野辺送りのために森の中を歩いているような重い気持ちだった。神のこの広大な舞台では一時にいくつものドラマが展開している。

 新しい家の生活に、ぼくたちは慣れ始めた。しかし、母の顔から憂うつな表情は消えることがなかった。数日後、祖母が帰って来た。祖母は生来、愛情深い人だったが、やや頑固なところがあった。ぼくの母はできる限り祖母の意にそうよう努力した。母は自分の立場をよく理解していたからだ。

 母は、実家に滞在することをとても気に病んでいた。夫まで実家に住むということは、彼女にとっては死んだ方がましとさえ思われた。母はとても自尊心が強かった。ある日、祖父母が、お寺にプラーナ(神々の物語)を聞きに出かけた時、母はヴェランダで帳簿をつけていた父のところへ行ってこう言った。
「私はもうここに住むことに耐えられません。私が生きていた方がいいとお思いなら、独立した家を建ててください。ここで食べたり飲んだりすることは苦痛なのです」
 父は言った。
「ねえ、私たちは自分の米を食べてるじゃないか。ただここに住んでいるだけだ。家を建てるなんて冗談だろ。君たち女は言うだけだから簡単だよね。君たちには男の苦労なんてわからないんだ」
 母は急に激したように言った。
「あなたたち男には。自尊心さえ全くないのですか」
 父は静かな声で、しかし、つらそうに言った。
「自尊心がないだって?人間でさえないようだな。世間の人は貧しい男のことをバカにする。その妻だってバカにしない法はないさ。さあ、遠慮せずに私をバカにしなさい。好き放題のことを言いなさい」
 父の言葉を聞いて、母の目に涙があふれた。
「あなたをバカにするつもりはありませんでした。そんなに悪くとらないでください。でも、本当に私はここに住みたくないのです」
「私が住みたがっているとでも思っているのかい。私たちの状態がどんなものかわかっているだろう。借金があってもその利息さえ払えないんだ。どうやって家を建てろというんだい?牛小屋のような家は建てたくないだろ。そんな家に住むことこそ屈辱的だよ」
 父はこう言って母をなだめようとした。
「牛小屋でもいいんです。それが独立した家で、私たち自身の家であれば十分です。ごく簡素な草の小屋を建ててください。そこに住むのを恥ずかしいなんて私は思いません。実家の人たちとは暮らしたくないのです。弟たちに、近い将来お嫁さんがきたら、そのお嫁さんももいつか私たちをバカにするようになるでしょう。その前にここを出て行きましょう。タイルを使ったぜいたくな家に住むよりも、草ぶきの小さな家の方がいいのです。そんな家なら、建てるのにそれほど費用もかかりません。この金の腕輪を持って行ってください。腕輪で足りなければ、鼻飾りも売ってください。腕輪や鼻飾りがなくても困ることはありません。もう正式に訪問するところもありませんから。私たちの独立こそが私たちの身を飾るでしょう。額にクンクー、首にマンガラスートラ(金の首飾りで、結婚すると必ず女性は身につける)、それだけで十分です。独立を失って、鼻飾りや腕輪が何の意味をもつでしょう」
 こう言いながら、母は本当に鼻飾りと腕輪を父の前に差し出した。

 父は言葉を失っていた。
「君がこれほどまでに苦しんでいるとは知らなかった。すぐにも小さな家を建てるよ」
 と父は約束した。

 ぼくの母はこう言いたいのだ。「独立を勝ち取るためなら、あらゆる宝石を捨て去りなさい。独立という衣服、独立という装飾品こそが、すべての人々を美しく、豊かに飾ることでしょう」と。

 ぼくたちの取り分としてもらったわずかな敷地に、小さな家が建てられ始めた。焼いていない煉瓦れんがのことを、コーカン地方ではマーペと呼ぶ。普通の煉瓦よりも型はマーペの方が大きいのだが、このマーペを使って壁が作られた。屋根は草でふかれた。家の中の床もきちんと整えられた。

 この草ぶきの小さな家に、父と母、ぼくたち兄弟、それにドゥールワおばあさんが住むことになった。ドゥールワおばあさんは、ぼくたちの遠い親戚にあたり、彼女はぼくたちとともにあのなつかしい家を後にして、一緒に住むことになったのだった。

 母は悲しみと同時に喜びも感じていた。近所には夫の弟たちの大きな屋敷があった。そして自分の家は、小さな草ぶきの家、そんな思いが母の心を去来していた。しかし、母は言った。
「何と言っても、この家は独立した家です。ここで私は女主です。だれも私にここから出て行けなんて言いません」

 小屋のように小さな家の新築祝いの儀式が行われた。まず初めに家の中に神さまの像が運び入れられ、次に荷物が入れられた。母はヤシの実の甘いお菓子をこしらえた。このような儀式はきちんと行わなければならず、一日はあわただしく過ぎていった。父は集まった人々に言った。
「当座をしのぐためにこの家を建てました。この次はもっと大きな家を建てるつもりです」
 しかし母は、ぼくたちにこう言った。
「大きな家がいつ、どのようにしたら、うちの人に建てられるでしょう。大きな家は、神さまのおそばに行ってからもらいましょう。それでも、この小さな隠れ家のような家が、私にとっては天国なの。だって。ここではだれにも頼っていないからよ。ここでは遠慮もいらないわ。ここで食べる質素な食事は、神さまの飲み物にも匹敵するでしょう。よその家ではどんなにぜいたくな食事も食べたくないのです」

 その日の夜、ぼくたちは庭に座っていた。空には星が輝いていた。月はいつの間にか沈んでいた。家は小さかったが、家の前と後ろには大きな庭があった。この庭がまるで本当の家のようだった。母は幸せをかみしめながら言った。
「シャム、新しい家は気に入った?」
「はい、素敵な家だね。貧しい人たちの家はこんなだよね。マトゥリーの家もこんなだったよね。マトゥリーはぼくたちの家をとても好きになると思うよ」
 ぼくの言葉を聞いて、母は悲しく思っただろうか。ぼくたちのところへ脱穀の仕事をしに来ていたマトゥリーの家と同じようなぼくたちの家。いいえ、母は悲しくなどなかった。
「そうですとも。マトゥリーは貧しいけれども、心は豊かです。私たちもこの小さな家に住んで、心豊かになりましょう。精神的に大きな人間になりましょう」
「はい、心の豊かな人になります。きっとなります」
 とぼくは言った。

 ちょうどその時、流れ星が一つ流れた。母は突然、思いつめた表情になった。
「お母さん、今の流れ星、なんて大きかったんだろう」
「あの星は、お母さんの生命の星が間もなく流れると告げているのではないでしょうね。あの大きくて、自由で、美しい空が私を呼んでいるのではないでしょうね。あの星は私を呼びに来たのではないでしょうね」
「違うよ、お母さん。あの星はぼくたちの新しい家を見るために来たんだよ。あの星は、この質素な家、この独立した家が天国よりも気に入ったんだと思うよ。ヤムナ川の水で牛飼いたちが手を洗った時、手についていた食べ物の残りが水の中に落ちて、それを食べるために神さまが天国から降りて来たと、『ハリウィジャヤ』(ヴィシュヌ神の聖典)に書いてあるでしょう。それと同じように、この家を見るために、星も降りて来たんだよ。だって、この家には愛があふれているし、お母さん、あなたがいるんだから」
 とぼくは言った。

 ぼくの背中を愛情をこめてなでながら、母は言った。
「シャム、いったいだれがあなたにそんなふうに話すことを教えたの。なんてやさしく、美しく話すんでしょう。私たちのこの質素な美しい家のことを星々もきっと気に入ってくれるでしょう。だれだって好きになるでしょう」