シャムチアーイー 2020/07/12更新

第二十一夜 失われた名誉

 父は、アムルタシェトさんから借金をしていた。むかしの栄華のままに経済状態も顧みず。結婚式やムンジュにふんだんにお金を使い、そして、返済のための手だてを打たなかったために、借金はすでに膨大なものになっていた。

 とうとう、アムルタツェトさんはぼくたちを訴え、裁判になった。利子をあわせて、4000ルピーの借金についての裁判だった。裁判の結果、金貸しの要求は正当とされ、わずかばかりの財産も差し押えられ、せりにかけられることが、判決で命じられた。

 その日、破産宣告が太鼓を鳴らしながら、村中に知らされることになっていた。

 母は2日間、ひと口も食べることができず、一睡もすることができなかった。「ジャガダンベ女神さま、とうとう、私の目の前で名誉が失われてしまうのですね。この耳で悲しい破産宣告の声を聞かなければならないのですね。女神さま!私の命をこの世から引き離してください。こんな命はいりません」と、母は祈っていた。

 プルショッタムは学校へ行っていた。家では母が高い熱を出して、ベッドに横になっていた。母は苦しみながら、涙を流していた。

 午前9時だった。1人の男が太鼓を持って、村中にぼくの家が破産したことを知らせていた。彼は辻々で立ち止まって、
「今日の午後、バーウラーオ(父の呼び名)の家が差し押えられるよ」
 などと、大声で怒鳴って、太鼓を打ち鳴らした。りっぱな家の心ある人は悲しんでいた。しかし、他人の恥を喜ぶ人々がいつも何人かはいるものだ。

 男は学校の近くにやって来て、太鼓を打ち鳴らし、ぼくの家が破産したことを大声で怒鳴った。子供たちはそれを聞いて、弟をからかい始めた。破産宣告の真似をして弟につきまとった。

「プルショッタムの家は、今日、差し押えられるよ。ドン、ドン、ドン!」
 と彼らははやしたてた。プルショッタムは泣き出した。彼は先生のところへ行って、帰りたい、と言った。

 すると、先生が答えた。
「どこへ行こうっていうんだい?座りなさい。30分もすれば、授業は終わるんだよ」

 先生はこの小さな弟の心の痛みが、どうしてわからなかったのだろう。

 10時に、学校が終わると、オオカミの群れが1頭の小羊をいじめるように、他の子供たちはぼくの弟をいじめた。ドン、ドン、ドンと太鼓の音を真似ながら、弟につきまとった。弟は泣きながら家に帰り、母に抱きついた。

「お母さん!みんながぼくのことをからかうんだ。どうしてなの?“お前の家は差し押えられるんだよ。お前は貧乏になるんだ”って言っているよ。お母さん、どうしてみんなはぼくをいじめるの、ここから追い出されるの?お母さん、いったい何が起こったの?」

「坊や、神さまのご意志よ。いったいどう説明したらいいのかしら」

 こう言って横になったまま、母はプルショッタムを抱いて涙を流していた。母と子は、悲しみの海の中に溺れていた。やっと、母は弟に言った。

「さあ、行きなさい、坊や。手と足を洗うのよ。今日はラーダーさんの家に食事に行きなさい。インドゥーがあなたを招待してくれたのよ」

 小さな弟に何が理解できただろう。

 その日、父は食事をしなかった。沐浴をして、神さまに礼拝をし、恥を感じていたがお寺へも行った。うなだれて出かけて、うなだれたまま帰って来た。

 かつては貴族と呼ばれ、5人の判事のうちの1人として務め、尊敬されたその同じ村で、その日は犬さえ父のことを無視していた。かつてはいばって歩き回り、彼のひとつひとつの言葉が重んじられていたその同じ村で、その日は小さな子供でさえ父をあざけっていた。花を摘んで優雅に暮らしていた母は、その同じ場所で、牛ふんを拾い集めねばならないような運命が来てしまった。今日まで母は、なんとか体面を保って生きてきた。しかし、神さまは母に厳しい試練を与えようとしていた。名誉という高い塔と、不名誉という深い谷。神さまは、母にこの2つの運命を見せようとしていた。母は完全な幸せと、完全な不幸の両方を知らねばならなかった。闇夜と満月の両方を見なければならなかった。大いなる母、ジャガダンベ女神はぼくの小さな母に、人間生活とはどんなものかを完全に教えようとしていた。

 午後になると、警察官や村長、金貸しやその使用人がぼくたちの家にやって来た。家財道具は、料理に使ういくつかのなべ類を除いて、残りはすべて1つの部屋に集められた。母の身につけていた装飾品はもうなかった。小さなマンガラスートラ(結婚した女性が常に身につけている金の首飾り)だけが残っていた。わずかばかりの家財道具をその部屋に入れて、金貸しが鍵をかけ、封印がされた。ぼくたちが住むところとして、2つの部屋が大きな情けをもって与えられた。

 その人たちが帰って行くまで、母はふるえながらじっと立ちつくしていた。体には熱があり、心の中も燃えるようだった。内からも外からも、彼女は焼かれていた。その一団が去った後、母はどっと倒れた。

「お母さん、お母さん!」

 と母を呼びながら、プルショッタムが泣き始めた。父が母にかけより、ベッドに連れて行って、寝かせた。しばらくして、母は正気にもどって言った。

「恐れていたことが、とうとう起こりました。今となっては、生きることも死ぬことも、同じことです」