シャムチアーイー 2020/08/08更新

第二十五夜 亡き母の教えを胸に

 みんな!今日は最後の思い出を話すつもりだよ。この思い出という形の母の法事を今日終えるつもりだ。ぼくの心の空には、数え切れない思い出の星がある。ぼくはその中でも、ひときわ光る星を君たちに見せてきた。今日は、残っている輝く星をもう一つ見せるつもりだ。

 ぼくの母は、女の人たちだけでなく、動物や鳥にも愛されていた。雌牛のモリーを母がどれほど愛し、また、そのモリーが母をどれほど愛していたかは、ぼくはもう前に話したね。今度は、猫の話をするつもりだ。前に、この猫についてはほんの少し話したことがある。

 その猫の名前はマティーだった。母はこのマティーをとてもかわいがっていた。その猫はいつも、母が食事をしているそばで、えさを食べた。他の人がえさを与えても、決して食べなかった。母が食事をするために腰を降ろすと、マティーも食べに来るのだった。

 マティーはいつも、母にまとわりついていた。母がトイレに行く時も、井戸に行く時にも、マティーはついて行った。そして、母の足にやさしく触れながら踊っていた。その猫は母をとても愛し、母にとてもなついていた。

 母の病気が重くなるにつれ、マティーはえさをあまり食べなくなった。母が寝たきりになると、母が自分の指でまぜたご飯をマティーはもうもらえなくなった。たとえ、母以外の者がミルクやヨーグルトやギーをまぜたおいしいご飯を与えても、マティーはほんの2口食べて、むこうへ行ってしまう。母が与えれば、ただのご飯でも、マティーはミルクやギーのおいしさを感じたのだろう。他の人が与えたのでは、ミルクやギーも、少しもおいしくは感じないのだった。

 母が死んだ日、マティーはずっとニャーニャーと鳴いていた。まるで、彼女の愛の宝をだれかが奪ったと言っているようだった。まるで、彼女の本当のミルクとギーの川をだれかが奪ったと言っているようだった。その日から、マティーは水にもえさにも口を触れなくなった。ぼくたちは習慣に従って、母が死んだ部屋に10日間、死者の魂のためのミルクと水を置いていた。しかし、マティーはそのミルクにも口をつけず、母が死んだ部屋に座っていた。ついには、ニャーニャーと鳴いて母を呼ぶことさえしなくなった。彼女はまるで、断食の行と無言の行をしているようだった。とうとう3日目に、母が死んだまさにその場所で、猫のマティーも死んでしまった。母の猫も、母の後を追って死んだのだ。

 ぼくの母の愛なしに、この世に生き続けることは、マティーにとっては不可能なことだったのではないだろうか。ぼくたちよりも、猫の方が母をより愛していた。マティーの母に対する深い愛の前に、ぼくたちは自分たちの愛の少なさを恥じた。ぼくは心の中でこう言った。

「お母さん、ぼくはあなたを愛しているなんて、どの顔で言えるだろう。このマティーの愛にさえ、ぼくの愛はかなわないんだ」

 みんな!これがぼくの母だ。これほどすばらしい母親は、よほど幸運でなければ得られない。ぼくは、母からあらゆるものをもらった。ぼくの中に何か良いもの、何か清らかなものがあるとしたら、それはすべて母のものだ。ぼくの母は死んでしまったが、母なるインドに仕えるために、ぼくを教育してくれたのだ。

 インド中の母親をシャムの母親にするために、たった1人ではなく、たくさんの母親をシャムに与えるために、ぼくの母は死んだのだろう。

 数限りない母親を見るための神聖な目を与えて、母は逝ってしまった。今ではあらゆるところにぼくの母がいる。ウッタマーのお母さんは、ぼくの母だ。ダットゥのお母さんもぼくの母だ。ワサントラーオのお母さんも、クリシュナのお母さんも、スバーナーのお母さんもぼくの母だ。みんなぼくのお母さんだ。本当にぼくのお母さんだ。

 このような崇高なものの見方を、母はぼくに教えた。そのために、母は自分の薄い肉体のヴェールさえも取り除いてしまった。この母の偉大さを、ぼくはいったい何にたとえたらいいのだろう。ぼくのくちびるでは、十分に表現することなどとてもできはしない。母のもっていた愛、感謝の気持ち、義務感、忍耐力、やさしさが、ぼくのひとつひとつの行為に現れることを、ぼくは願っている。わずかながら自分の力と徳の及ぶ限り、このとてつもなく大きな母、母なるインドのために働きながら、すばらしい人間になることを願う。母と同じように、ぼくもすばらしい人間になりたいと願う。