その日、金貸しの使いの者が借金の利子を取り立てるために、僕達の家に来ていた。この使いの者が家に来ると母は死ぬよりも辛い気持ちになるのだった。借金のせいで、人生の幸福は消え去る。借金は生き地獄だ。死んでも借金などすべきではない。食べる物を食べなくても、借金だけはしてはいけない。借金は一時的には人を楽にするが、その後はずっと、人を苦しめ、ついには人を乞食のようにしてしまう。借金のために、誇りは消え去り、人からも尊敬されなくなる。借金のために、人はいつも頭をうなだれていなければならなくなる。借金とは屈辱であり恥である。
借金取りが来た!父は彼をもてなした。家では、美味しい料理をするように、父は言いつけた。バナナの葉も用意された。「カディ(インドのスープ)を作りなさい。カディの中に、カディリンブの葉を入れなさい。香りがよくなるからね。」と母に指示を与えてから、父は畑に出て行った。その人はテラスに座っていた。母は彼にお茶を持って行った。家では、お茶の葉を切らしていたので、母は近所の家から借りてきたのだった。お茶を飲んだ後、沐浴をしてもらうために、母は熱いお湯を彼にくんできた。その人は沐浴をしたが、自分のドーティーさえ洗わなかった。金貸しの使いの者!飼い主がお金持ちならば、犬さえ尊敬される。貧しい人々は金持ちの飼い犬にキスさえしなければならない。ある時、ある金持ちの飼い犬が農夫にかみつこうとした。その農夫は犬を棒で叩いた。その金持ちが農夫を訴えたので、農夫は25ルピーもの罰金を命じられたという記事を僕は読んだことがある。農夫!農夫は人間の内に入っていないのだろうか。まるで、世界中の人々のためにあくせく働く奴隷のようだ。まるで、怠惰なすべての人々を養う動物のようだ。それなのに、 金持ちの飼い犬を叩くなんて、とんでもないとでも言うのだろうか。 みんな!インドでは、動物や鳥の方が、人間よりも尊重されているんだ。犬や鳥は寺院の中に入っても構わない。オウムやカケスも家の中に入ることが出来る。しかし、ハリジャン(アンタッチャブル)が入ることだけは、人々は許さないのだ。動物や鳥は可愛がるくせに、人間を
その借金取りの汚れたドーティーを僕の母は洗わねばならなかった。信心深い母の手によって、その汚れたドーティーは洗われた。 母の手がそのドーティーに触れることによって、そのドーティーをまとう人を清らかにしようというのが、神様の意図だったのだろう。全能の神の意図は測り知れないものだ。神様はどのように、また、誰によって、その浄化の仕事をさせるかは全くわからない。
僕の父は畑から帰って来た。「沐浴は済みましたか?」と父はその人に尋ねた。その人は、「はい」と答えた。「あなたを待っていたんです。あなたと話し合いをして、計算をして、お金をもらって、 夕方ウィサプールに行かねばなりません。今夜はそこに泊まります」とその人は言った。「分かりました。私は沐浴をします。礼拝などを急いで済ませましょう。あなたは少し休んでいて下さい」と言って、父は沐浴をしに行った。沐浴の後、父は礼拝を始めた。父は母に低い声で尋ねた。「あの人にお茶など出してくれたかい。どこからでも、借りて来て出さなければならないんだよ」母が言った。「何もかも、ちゃんと出しましたよ。あの人のドーティーも洗って干してあります。あの
母はいらいらして、とても腹を立てていた。父は静かに礼拝をしていた。彼は一見穏やかだったが、彼の暗い心が見え隠れしていた。家の神様への礼拝が済むと、父はお寺へ行った。母は夕食の用意をした。幼いプルショッタムは学校から帰って来ていた。彼はお皿を出して、母の手伝いをした。父は急いで、お寺から戻って来た。
「さあ、 起きて下さい、ワーマンさん。手と足を洗ってきて下さい」と父は彼に言った。
「さあ、ここに来て座って下さい。ソワレ(絹の盛装)を着ていなくても、かませんよ。全くかまいません」と父が言った。礼儀作法については僕たちにとても厳しい父が、絹のドーティーを身に着けていないその男を、自分のそばに座らせたのだった。まるで、その金貸しの代理人は神様であるかのようだった。彼にへつらい、御機嫌を取ることだけが父の仕事のようだった。他にどうすることが出来ただろう。この屈辱、この卑屈さ、この無気力はいったいどうして起こったのだろう。借金のせいだ。では、なぜ借金などしたのだろう。結婚式やムンジー(男の子の成人式)に、ふんだんにお金を費やしたからだ。昔の栄華のままに暮らしたからだ。この偽りの誇りのために、ベッドの長さも考えずに足を伸ばしたために(経済状況をも
食事が用意された。ワーマンラオと父は食事の席に着いた。「プルショッタム!何か良いシュローカを暗唱しなさい。ワーマンラオに誉めてもらえる位、上手に暗唱しなさい」と父が言った。プルショッタムがシュローカを暗唱した。しかし、彼を誉めてやれるほどに、ワーマンラオの心は広くはなかった。金貸しの所で働いているために、彼もまた冷淡で心の狭い人間になっていた。尊大で人を見下すような人間になっていた。
「ワーマンラオ、遠慮しないで下さい。もう少し料理を食べて下さい。もう1さじ、お給仕しなさい」と母に言って、父は心からワーマンラオをもてなしていた。彼は特に何も話さなかった。多分、そんなありふれた料理は彼は好きではなかったのだろう。スパイスもあまり入っていなかった。とうとう食事が終わった。ワーマンラオと父はテラスに行って座った。ワーマンラオにスパーリーとクローブがすすめられた。彼が冷たい水が飲みたいと言ったので、プルショッタムがコップにひもを結びつけて、井戸に水をくみに行った。プルショッタムがくんで来た冷たい水を、ワーマンラオは飲んだ。家の中では、母が食事をするために腰を下ろした。
「それじゃ、バウラオ!利子を払って下さい。あなたは今日払うと約束したのですからね。今日、少なくとも75ルピーを払ってもらわねばなりません。わざわざここまで来たのを無駄にしないで下さい。今日、あなたが来るようにおっしゃったから来たのですよ」とワーマンラオが口火を切った。「まあ、まあ、ワーマンラオ!10マン(約1000kg)の米を全部売ったんですよ。それでお金がいくらか手に入りました。手元にあったいくらかの穀物も売りました。あちらこちらからかき集めて、25ルピーの現金をあなたのために用意してあります。今日はこれだけは持って行って下さい。御主人を説得して下さい。私達のために、頼んでみて下さい。お金は必ずお返ししますと言って下さい。少しずつ戻して、全部お返しします。子供がもっと大きくなって、給料を取るようになるまで待って下さい。子供のうち、ひとりは今年、大学の1年生になりました。いいですか、ワーマンラオ、牛ふんの中に住んでいる虫は、永久にそこにいますか?虫達だって、外へ出てくるではありませんか」父は説得していた。
「それは聞けませんね。お金をもらわないとことには、ここを動くわけにはいきません。あなたはこの新しい家を建てるためのお金や、子供達を英語学校に通わせるだけのお金はあるのに、ただ、金貸しに返すためには、お金がないと言うのですね。主人がお金を返してもらえなかったら、私たちの給料はどこからもらったらいいのですか。あなたの言い分は通りませんよ。私だって恥ずかしくて、主人に顔向け出来ません。お金を払って下さい。」
ワーマンラオも腹を立てて、失礼な調子で話していた。彼にだって、何が出来ただろう。彼もまた奴隷でしかなかった。
「ワーマンラオ!何と言ったらいいのでしょう。この家が何だというのですか。草ぶきでれんが造りの小屋ではありませんか。妻にせがまれて、この小屋を建てました。この牛小屋のような家を建てました。しかし、このちっぽけな家を建てるためにも、妻が身につけていた金の腕輪を売らねばなりませんでした。」父は恥をしのんで話していた。
父は外で話していた。家の中では母が御飯の上に涙を落としていた。彼女は胸の痛みに耐えかねていた。御飯を飲み込むことが出来なかった。家を建てるために、腕輪を売ったのなら、今度は借金を返すために奥さんを売ったらどうですか」とワーマンラオが恥ずかしげもなく言った。
母は稲妻のように立ち上がった。洗い場で手を洗ってから、彼女は外へ出て来た。彼女の目から、怒りと悲しみの火花が出ているかのようだった。彼女はふるえていた。戸口の所に母は立って、怒りを抑え切れずに言った。「このテラスから出て行って下さい。奥さんを売りなさいなんて言って、恥ずかしくないのですか。言っていいこと、悪いことの区別もつかないのですか。あなたは奥さんを持たないのですか。ここから出て行って下さい。そして、あの金貸しに言いなさい。この家をせりにでも何にでもかけなさいと。でも、そんなひどい言葉だけは聞かせないで下さい。どうぞ遠慮なく、太鼓を叩いて破産宣告をして下さい。差押え状も持って来なさい。でも、子供達の前で、そんな恥知らずな事を言わないで下さい。「よろしい。それはこちらとしても望むところです。今月中にあなた達の家と土地が差し押さえられなかったら、私はワーマンラオではありません。バウラオ!私は女の人にこんなに侮辱されなければならないのですか」とワーマンラオは父に尋ねた。
「君は家の中に入っていなさい。早くはいらないか」僕の父は腹を立てて怒鳴った。母は黙って家の中に入って、座って泣いた。涙以外にどんな救いがあっただろうか。外のヴェランダでは父がワーマンラオをなだめていた。しぶしぶ、その男は25ルピーを受け取って出て行った。
父が家の中に入って来た。「君達女には、これっぽっちの常識もないんだね。君には何もわかっていない。朝から、どんなに気をつけて、私が彼に接してきたかわからないのか?何とか彼にわかってもらおうとしていたんだ。君はかまどのそばで、火をおこしてさえいればよかったんだ。明日の死に神を、君は今日引き寄せてしまうんだ。腹を立てて、何が出来るだろう。穏やかに話を運ばねばならないんだ。板ばさみになって、男がどんなつらい思いをするか、君達女にはわからないんだ」と父が怒り始めた。
「こんなに、何度も侮辱されるよりは、いっそ今日、死んだ方がましではありませんか。犬のように軽蔑的な言葉をかけられて生きて、何の甲斐がありますか。明日でなく、今日死ねるならば、これ以上のことはありません。差し押さえ状を持って来させて、せりにもかけさせましょう。私も働きます。マトゥリーの家に住まわせてもらいましょう。日雇い人夫でさえ、あんなに、きたならしいいやらしい言葉を聞いて黙ってはいないでしょう。私も労働者になって、大地の上で眠ります。泉の水を飲んで、木の葉をちぎって食べます。さあ」母はひどく感情的になっていた。
「言うのは簡単だが、実際、そうするのは難しいよ。昼間になったら、何もかもわかるだろう!」こう言って、父は外へ出て行った。
幼い弟達は、母のそばに行って言った。「お母さん!泣かないでよ。お母さんが泣くと、僕達まで泣きたくなるよ。お母さんが言う仕事を僕達はするよ。泣かないで、お母さん」
小さな子供達が大人の母親を慰めていた。花が木をささえようとしていた。それは胸をしめつけられる光景だった 。