ようこそ西蓮寺のホームページへお越しいただきました。
筑紫野市の山間部、南には大宰府政庁を護った山城として知られる基肄城(きいじょう)、近くには筑後川導水事業で築かれた天拝湖があるのどかな地域にあります。
筑紫野市の中心部二日市から車で10数分の所に位置していますが、冬はやや厳しい寒さの中で幾種ものツバキ、春は梅から桜そして藤からツツジ(躑躅)へ、初夏には紫陽花やホタル、秋には紅葉とそれぞれの季節の彩に囲まれた山寺です。
西蓮寺は、よきご門徒の皆様に支えられ、浄土真宗の教えをお伝えする念仏の道場として430年におよぶ伝道教化の道を歩んでまいりました。
このホームページを通して、より多くの方が浄土真宗のみ教えや仏陀釈尊の教え、さらにはインドの思想や文化に出遇っていただければこの上ない喜びです。
どうぞお気軽にお立ち寄り、お参り下さい。合掌
西蓮寺住職 中川正法
竹林山西蓮寺の由来
竹林山西蓮寺は、天正14(1586)年、無住の寺院があった当地に第一世住職宗念師が入寺した時に始まる。宗念師は、中川修理といい百石の地行であったが、秋月・薩摩の強兵による主君の落城・生害を眼のあたりに見て、主君の菩提を弔うために出家されたという。
本願寺第12世准如上人のとき、釈宗念という法名を賜り、本尊の阿弥陀如来絵像(慶長六年八月に准如上人より受けたとの裏書)を安置して浄土真宗の寺院となる。(『西蓮寺略縁起』より)また、同縁起ならびに江戸期の書『筑前続風土記拾遺』等には、第一世宗念師が、豊後竹田の岡城主中川因幡守久通公の一族であると記されている。
第四世専最師のとき本堂が焼失したものの、ご門徒の方々の堂塔建立の志願によって1659年に本堂が再建された。この本堂が現在の西蓮寺本堂であり、2017年に屋根、内・外陣床や天井など改修工事が行われた。
住職と坊守
浄土真宗本願寺派西蓮寺第15世住職
中川 正法(なかがわ まさのり)
1955年生 筑紫女学園大学前学長 筑紫女学園大学名誉教授
1989年九州大学大学院博士課程修了(インド哲学・仏教史専攻)
1982年より2年間文部省派遣にてインド・プーナ大学へ留学し、サンスクリット語による仏教経典の研究に取組む。
専門は、インド仏教・仏教文化
1993年日本印度学仏教学会賞受賞
編著書『九州真宗の源流と水脈』2014年 法藏館
西蓮寺第15世坊守
中川 將子(なかがわ しょうこ)
久留米市生まれ 九州大学文学部卒(フランス文学専攻)
福岡県立宗像高等学校教諭(英語)、九州大谷短期大学ならびに福岡県立農業大学校非常勤講師を経て西蓮寺坊守となる。
1982~84年、住職のインド留学に同行しマハラーシュトラ州プーナ(現プネー)市滞在中に、同州の言語でインド公用語の一つであるマラーティー語を習得。
帰国後同語で書かれた『シャムチ アーイー』を日本で初めて翻訳する。