ぼくの家では、生活はますます苦しくなった。家では何もかもが不足していた。油がある時には塩がない。塩がある時にはトウガラシがないといった状態だった。かまどにくべるまきがない時もあれば、牛乳を温めるための牛ふんの燃料がないこともあった。そんな時、母は庭を歩き回って。小枝や枯れ葉を集めて来て、料理を作ることもあった。ときには、野菜を調理するためのフォドニー(熱した油にターメリックパウダーとからしを入れたもの)がないこともあった。そんな時母は、涙のフォドニーを入れた。他にどうすればよかったのだろう。かわいそうな母。
母は、もう外出することはなかった。ひとつには、母は弱っていたし、もうひとつの理由は、母は恥ずかしかったのだ。母は、なんとか毎日、体面を保って暮らしていた。
母の両親はもうパールガドの村にはいなかった。彼らはプーナやボンベイにいる子供のところに行ってしまっていて、里にはもうだれもいなかった。
そのころ、ぼくたちの村に年金生活の夫婦が引っ越して来た。ご主人も奥さんももともとこの村の出身ではなかったが、村の気候が良いことと、ブラフミンが多く住んでいることと、その上、ぼくたちの村のガナパティー神を信仰していることもあって、この村に引っ越して来たのだった。ぼくの家の近くに土地を買って、小じんまりとした、きれいな家を建てた。
母はこの新しい家の住人と知り合いになった。そこの奥さんはとてもいい人で、やさしかった。母はよく、彼女のところへ遊びに行くようになり、奥さんもときどき、ぼくの家へ来るようになった。
ある日。母が彼女に言った。
「ラーダーさん、あなたのところで、何か仕事があったら、私がしてあげます。粉ひきの仕事をしてあげましょう。そうさせてもらえれば、私も助かります」
ラーダーさんは都会の人だったので、お金を払って粉をひいてもらう習慣があった。
彼女は母に粉ひきの仕事をしてもらうことにした。母にはそれだけの力があっただろうか。しかし、他にどうしようもなかった。父が朝早く起きて外出すると、母はうすを回した。プルショッタムも、朝、学校へ行くまでのあいだは一生懸命に母の手伝いをしたけれど、彼が学校へ行ってしまうと、母はひとりで粉をひかなければならなかった。休み休み、母は粉をひいた。「シャムがここにいたら、粉を全部ひいてくれるのに」と彼女は思っていた。ぼくが腹を立てて、家を出たことを思い出して、母は泣いていた。石うすを回しながら、彼女の目は涙でいっぱいになり、のどはつまり、胸もふさがり、手は疲れてしまうのだった。
つらい粉ひきの仕事をして、わずかながらのお金を得、そのお金で油や塩を買って、少しのあいだでも暮らしを幸せなものにするのが精いっぱいだった。
ディワーリーの祭りが近づいていた。祭りのために、家ではいつもよりたくさんの油が必要だった。少なくとも2つのランプはともさなければならない。むかし、ぼくの家では、ディワーリーの日には何百ものランプをともしていて、そのために毎日、1缶の油が必要だった。しかし、母にとってそれらは、ただ思い出として残っているだけだった。ディワーリーをどのように祝ったらいいのだろうか。
母はラーダーさんに言った。
「あなたの家の洗濯物も私が洗ってはいけないでしょうか。どんなことでもかまいません、私に言ってください」
そのころ、ラーダーさんの娘さんは、産後の肥立ちが悪く、その療養のために里帰りをしていた。それで、ラーダーさんは、娘さんと赤ちゃんのことを母にお願いすることにした。
「うちのインドゥーの体に油を塗ってくださいな。それから、赤ん坊をお風呂に入れてほしいのです」
「ええ、喜んでいたしましょう。私はそんな仕事が大好きなのです。何年も前に、うちの娘のチャンドリーが里帰りをしていた時も、私が彼女の体に油を塗ってやったのですよ」
母は粉ひきの仕事は午後することにして、毎日、朝早く、インドゥーの体に油を塗りに行った。母は本当に心をこめて仕事をした。インドゥーを本当の娘だと思ってやさしく体をさすってあげた。インドゥーの小さな女の赤ん坊をお風呂に入れる時も、彼女は幸せを感じるのだった。赤ん坊をひざの上にのせて、そのデリケートで柔らかい頭に油を塗る時、「トトト、坊やの奥さん、ヨヨヨ(おいで、おいで)」(女の赤ん坊に、“坊や”と呼びかける習慣がある)と愛情をこめて、やさしい声でうたっていた。母が油を塗るようになってから、赤ん坊は丸々と太り、とても元気になってきた。インドゥーの健康状態にも変化が見られ、彼女の青白い顔に少しずつ輝きが出てきた。
ラーダーさんは母を心から信頼するようになった。1か月後、彼女は母の手に2ルピーをのせた。
「どうして2ルピーもくださるの?1ルピーで十分ですよ」
「取っておいてください、ヤショーダーさん。ディワーリーも来ます。あなたは心をこめて仕事をしてくださったわ。その仕事にどうして値段がつけられるでしょう。心をこめてした仕事は、値段がつけられないほどすばらしいものです」
母は家に帰っても神さまに感謝した。
「神さま、私の名誉を守ってくださるのは、あなただけです」
母はその2ルピーで、油を少しとヤシの実を1個買った。それからお菓子をいくつかこしらえた。
ディワーリーの4日間、家の外には、2個のランプがともされた。バウビーズのお祭りの日に、プルショッタムはインドゥーのところへ行った。インドゥーは彼の前でランプを回してお祈りをし、プルショッタムは彼女に贈り物として4アナーをあげた。クラッカーのかわりに、母はプルショッタムのために竹で空気ポンプを作り、小さなトリスラの緑色の実をちぎってやった。プルショッタムは、その空気ポンプにトリスラの実を入れて音をたてて遊んでいたが、トリスラの実がなくなってしまうと、パリンガの葉をつめて音を出した。本物のクラッカーが欲しいと言って、駄々をこねたりはしなかった。
しかし、限りない仕事ですでにやつれ、運命にさいなまれ続けてきた母は、これからどれだけ生きることができただろう。彼女はよく熱を出したし、動悸が激しくなったりもしていたが、家事ができる限りは、なんとか仕事をしていた。
母は、トゥラスの木にハラッドクンクーをお供えして、言った。
「トゥラス女神さま、私の名誉が守られているうちに、私の目をつぶらせてください。名誉と共に、夫が生きている幸せの中で、私を死なせてください」(インドでは、未亡人になることは、不名誉なこととして恐れられていた。夫より先に死ぬことが望まれていた)