シャムチアーイー 2020/05/18更新

第十四夜 楽しいディワーリー

 ディワーリー(注1)の祭りが近づいた。学校は休みになった。ぼくは家からあまり遠くないダーポリーで勉強していたので、休暇になると、すぐに家に帰った。ディワーリーのために父は、ぼくや弟たちに新しい上着を1着ずつ作ってくれた。しかし、父が着ているドーティはひどくすり切れていた。母はもう何度もそのドーティを繕っていた。何か所もつぎが当たっていて、もうすっかりすり切れていたので、繕うことさえむずかしくなっていた。父は、ぼくたち子供には新しい服を作ってくれたのに、自分自身のためには新しいドーティを買わなかった。

 母はそのことを気にしていた。しかし、彼女に何ができただろう。母はほんの少しでも、お金を持っていただろうか。もう長いあいだ、彼女自身さえ、新しいサリーを買っていなかった。しかし、母は自分のことは、少しも気にかけていなかった。ただ、父のみすぼらしい身なりを見るにつけ、彼女の心は痛むのだった。毎日、父は破れた部分をひだの中に隠すために苦心していた。

 ボンベイやプーナに住む人々は、ディワーリーの時に帰省する。ボンベイから帰省する人たちは、ディワーリーのために、クラッカーやおもちゃなどを子供たちに持ち帰る。

 兄のガジューは、プーナの母方のおじのところから学校に通っていたが、彼は帰って来なかった。しかし、プーナから、ある人がぼくたちの村にやって来た。プーナに住むおじが、この人に頼んで、母にバウビーズ(注2)の贈り物として、3ルピーを送ってよこしたのだった。ぼくたちのためにお菓子も送ってくれた。

 ぼくたちは母のまわりに集まった。
「おじさんはお菓子を送ってくれたんでしょ。ねえ、ちょうだいよ」
 とぼくたちは母にせがんだ。母はアンズを1つずつと、ペパーミントを2つずつ分けてくれた。
弟は、
「アンズも2つちょうだいよ」
 と駄々をこねた。
「これは、みんなあなたたちのものなのよ。今日、一度に全部食べてしまいたいの?少しずつ食べれば、長いあいだ楽しむことができるでしょ」
「それじゃ、もう1つペパーミントのお菓子をちょうだいよ。それに、これを取り替えてよ、ぼく、ピンク色の方がいいんだ」
 母はお菓子を取り替えてやり、その上にもう1つ与えた。

 ぼくたちは庭で遊び始めた。ぼろ布をまるめてボールを作り、当てっこをして遊んだ。母はお菓子にアリがつかないように、戸棚の中にしまった。しばらくして、母がぼくを呼んだ。

「シャム、アムルタシェトさんのお店に行って、新しいドーティの値段を尋ねて来てちょうだい。お父さんのためにと言ってね。家にいるのかときかれたら、村から出ていますが、明日には帰って来ますと答えてね。値段をきいて来るよう言われたので来ましたと言ってちょうだい」

 ぼくがアムルタシェトさんのお店へ行くと、息子のモハニャーとバドリーがいた。モハニャーが言った。
「おや、シャム、何の用だい?絵が欲しくて来たんだろ」
「君は絵をくれないとわかっているのに、どうしてぼくが欲しがるんだい。君から何かもらおうなんて思わないよ。ドーティの値段をききに来ただけだよ」
「だれのドーティだい?君のかい?」
 と彼が尋ねた。
「違うよ、お父さんのだよ。長くて大きい上等のが欲しいんだ。生地もいいのが欲しいんだ。値段がいくらなのかききに来たんだよ。2つか3つ、見本に貸してくれないか。家で見せて来るから」
 モハニャーは2、3種類のドーティを見本としてくれた。アムルタシェトさんが言った。
「見せたら、すぐ返してくれよ、シャム」
「いつまでも家に置いたりはしないよ。置くことにしたら、お金を払うよ」
 とぼくは誇らしげに言った。
「君はずいぶんお金を持っているようだね。父親は小銭さえ持っていないのに」
 とアムルタシェトさんは言った。

 ぼくはこの言葉を聞いて悲しくなった。アムルタシェトさんに父は借金をしていた。だから、彼はこんなことを言ったのだ。自尊心を持って生きようとする人は、たとえ死んでも、借金をしてはいけない。

 ぼくはその見本のドーティを持って家に帰り、母に見せた。母はその中から1枚を選んだ。値段も手ごろだった。3ルピーか、3ルピー半だった。母はぼくにお金を渡して言った。

「これを買ってきてちょうだい。他のはみんな返してね」  ぼくは見本を返して、そのドーティを買って来た。母はその生地を2つに切り、それぞれにクンクーをつけた。

 次の日、父はよその村から帰って来たが、ドーティのことは内緒にしておいた。ディワーリーのお祭りの日の朝早く、聖なる沐浴が終わった時に、母は父に新しいドーティを贈ろうと思っていた。ぼくたちも、この秘密はもらさなかった。母の計画のために、子供たちも団結していたのだった。

 明日からディワーリーという日に、ぼくたちはタクラという豆を持って来て、さやから豆を取り出した。母は、それをつぶして、体に塗るために準備をした。「悪魔だ」と言って、足で踏みつぶすために、カーリンタという実も集めておいた。

 それからぼくたちはみんなで、家中の掃除をした。母はトゥラスの木の新しい植え床をこしらえ、ランプをきれいにみがいて、綿の芯も用意した。夕方、ぼくたちは、いくつかの場所にランプを置いて火をともした。翌朝は早起きをしなければならないので、ぼくたち子供は早く寝たが、母だけは遅くまで、沐浴に使う香りの良い洗い粉を作っていた。

 翌朝、母はとても早く起きて、外のかまどに火をおこし、沐浴をすますと、ぼくたちを起こして体に香料と油をすりこんでくれた。まず最初に油を5滴、地面に落としてから、母はぼくたちの体に油を塗った。彼女は、たくさんのお湯を沐浴のために用意していた。ぼくたちは沐浴をすますと、家の神さまにナマスカールをし、お寺にもおまいりをした。

 父もすでに起きていて、神さまのために花を摘んできていた。父は沐浴が終わると、古い絹のド―ティを着て神さまの前にひざまずいた。そして神さまの像に香油を少しつけた。今日は、神さまもお湯の沐浴をする日だ。いつもは、かわいそうに、冷たい聖なる水を浴びてふるえている。でも今日は温かいお湯だ。父は神さまに礼拝して、お菓子をお供えした。

 朝から、巡礼の人々が施し物をもらいに来ていた。アンバーバーイ女神の歌をうたって、お金や、ポヘやカランジーといったお菓子を求めていた。

 父はぼくたちを呼んで神さまのお供え物を分けてくれた。そしていつものように太陽にナマスカールをしてから、父はお寺へ礼拝に行った。しばらくして、父はお寺から帰って来ると、母に尋ねた。

「私の普段着のドーティは、どこにあるんだい?この礼拝用の絹のドーティと着替えようと思うんだが、見当たらないんだ」
「私はあのドーティからタオルを2枚作りました。どんなにすり切れていたか、ご存じでしょう」
と母が言った。
「それじゃ、今日は何を着ればいいんだい?もうひと月は着れたんだがなあ」
「いったい、どれだけ着るつもりですか、あのドーティを洗うたびに、毎日、私は恥ずかしくて、悲しかったんです」
「私だって、着るたびに恥ずかしかったんだぞ。だけど、仕方がないだろう。恥ずかしいからといって、空からお金が降ってくるわけではないからね」
「今日はこのドーティを着てください」
 母は新しいドーティを差し出した。
「これはどうしたんだい。だれが買って来たんだい」
「アムルタシェトのお店から、買って来させたのです」
「彼は私に信用貸しをしてくれなかったんだぞ。私が彼に頼んだことは君も知っているだろ。しかし、彼は貸してくれなかった。“私の心配は、以前あなたに信用貸ししたお金をどうやって取りもどすかです。あなたに信用貸しをするなんて、私はバカでしたよ”と彼は私に言ったんだぞ。君はつけで買って来たんだろ。それともモハニャーを呼んで頼んだのかい」
 と父は問いただした。
「私が買ったんです。シャムが行って買って来ました」
「シャムがどうしてお金を持っているんだい」
「私があげたんです」
「君がどうしてお金を持っているんだい」
「2日前にプーナの弟が、バウビーズの贈り物として送ってよこしたのです」
「君のサリーも破れているじゃないか。そのお金で君のサリーを買うこともできたのに。君の弟がくれた贈り物なのだから、君のために使うべきじゃないのかい」
「あなたと私は別々のものでしょうか。こんなに長く一緒に暮らして、喜びも悲しみも共にして来たのに、そして、良いことも、悪いことも、一緒に味わって来たのに、まだ私たちは別々のものでしょうか。あなたのものは私のもの、私のものはあなたのものではないでしょうか。あなたが新しいドーティを着れば、それは私が新しいサリーを着たのと同じことです。それこそ。私の喜びです。さあ着てください。私はもう、クンクーをつけておきました」
「私が新しいドーティを着て、君には新しいサリーがないなんて、私がつらいじゃないか。君はうれしいかもしれないが、私はつらいよ。君は喜びを感じるだろうが、私はどうなるんだい」
「私の喜びはあなたの喜びです。あなたは外で何人もの人に会わなければなりません。今日だって。ガングーアッパーさんからソングティー(チェスのような遊び)に招待されたら、行かなければなりません。私は、今では外出することもありません。今度、余裕ができたら。いちばんに私のサリーを買ってください。そんなに気にしないで。今日はディワーリーです。今日はだれもが笑って、幸せな気持ちでいなければなりません。私たちを喜ばすためにも、幸せな気持ちになってください」
「君のような人生の伴侶と、こんなにやさしい、性格の良い子供たちがいるのに、どうして私が幸せでないだろうか。私は貧しくなどなくて、金持ちの中でもいちばんの金持ちだよ。どうして私が笑わないだろう。どうして私が幸せでないだろう。そのドーティを持って来なさい」

 そう言って、父は母の手からドーティを受け取った。父はそのドーティを着て、神さまにナマスカールをした。

 父がドーティを着たのを見て、ぼくたちもうれしくなった。しかし、いちばん喜んだのは、やはり母だった。これは自分で経験しなければわからない喜びだ。愛情から、だれかのために自分を犠牲にする喜びは、本当にそうしたことのある人にしか味わえない。人はだれでも、一度はその喜びを味わうべきだ。

注1 ディワーリー ヒンドゥー歴の7月の終わりから8月の初めにかけての4日間、長寿と幸福を願って、ヤマやラクシュミーにランプをともしてお供えする祭り。

注2 バウビーズ ディワーリーの4日間の祭りが終わった次の日をバウビーズの日として祝う。これは、兄と妹、あるいは姉と弟のための祭り。