法話 2020/06/28更新

利他を生きる

 コロナ禍の中、メディアを通して世界中の思想家・識者の発言や提言が届いてきます。

 20年6月13日に放送されたNHKスぺシャル「混迷のアメリカ ―コロナ時代 世界で何が起きているのか」において、ミッテラン大統領以降歴代大統領の政策顧問を務めヨーロッパ最高の知性とも称されるフランスの思想家・経済学者ジャック・アタリ氏の発言が紹介されました。以下、ナレーションと発言です(字幕による)。

(アタリ氏が掲げるキーワードは「利他主義」です。他者の幸せに関心をはらい そのために行動する「利他主義」。パンデミックを経験した今、人々はその重要性に気づき始めているとアタリ氏は言います。)

 「例えばマスクを着用すれば他人の健康を守ることが出来ます。逆に他の人がマスクをすれば 自分の健康が守られます。つまり利他主義は自分自身の利益になるのです。
 人々は利他的な行動が自分の利益にもなることを理解し始めています。
 人種差別に置き換えて考えてみましょう。黒人の経済的社会的成功は 白人の利益にもなります。彼らの社会が平和で豊かなものになれば 白人の利益につながるのです。これは限られた利益を奪い合う ゼロサムゲームではありません。いま世界各地で人々が連帯し デモが起きています。“連帯”のパンデミックが起きています。これは利他主義のもとで世界中が 団結していることを表しているのではないでしょうか。」

 アタリ氏が唱える「利他主義」の「利他」という言葉に目が留まりました。「利他」とは、仏教とりわけ大乗仏教とよばれる紀元前後にインドで興った新たな仏教運動におけるキーワードでもあります。もちろん、アタリ氏が仏教思想を意識してこの語を用いておられるかどうか分かりませんし、ましてや「仏教はすごい!」と言うために、ここでご紹介しようと思っているわけでもありません。

 ブッダ亡き後、仏教徒の集団は、法や律(規則)の解釈をめぐって、複数のグループ(部派)に分裂しました。この時代を「部派仏教」の時代といいます。
この時代では、ブッダを神聖化し特別視するようになっていきます。しかし、大乗仏教の時代になると、出家者か在家者かを問わず、すべての者がブッダと同じ悟り(アノクタラ・サンミャクサンボーダイ)に到達できるとしました。そしてその目的に向かって発心するものをボーディサットヴァ(菩提薩埵 ぼだいさった:略して「菩薩」)と呼びました。
ボーディ(bodhi)とは「悟り」、サットヴァとは「生きとし生けるもの(衆生)」という意味で、菩薩とは「悟りを求めるもの」「悟りの心を有するもの」「悟りに心懸けるもの」「悟りを得ることが確定しているもの」などの意味が与えられています。

 菩薩は、菩薩の自覚をもち、将来仏となることを誓います。この誓い(誓願)とは、自分だけが悟りを得るだけでなく、惑い苦しむすべての衆生(十方衆生)を救済して悟らせる「利他行(他者を益する行為)」を実践し、最後に残った一人として自ら悟りを得ようというものです。自ら悟りを得ようと精進し、と同時に他者のために生きようと励む菩薩の生き方を「自利・利他」ということばで表しています。世のため人のために実践行動し、悟りの真理によって五濁の現実社会を清浄なる社会へと向かわしめる姿勢をもつのが菩薩の生き方です。

 アタリ氏の提言が、20年6月21日の新聞にも紹介されています(西日本新聞朝刊)。
氏は、コロナ禍の先に重大な転換が起こると述べています。その一つは、「生き方」の転換。「人々は、人生がいかに短いか、あらゆるくだらない物事よりもどれほど重要かということを自覚した」と述べ、「命を守る経済」の重要性を指摘しています。
また、「普遍的利益」として、「命を守る経済の一層重要な部分が、株主のいない利潤を目的としない非営利団体(NPO)や資本だけに左右されない新ジャンルの企業群によって担われると期待していい。そこでは利他主義、他者を喜ばせることの喜びが、行動を動機付ける源泉となろう」と述べています。

 苦悩する衆生を救いとげたいという「動機」にもとづく菩薩の願い。その願いの完成に向かう菩薩の利他行は、「慈悲」すなわち「他者のうめき声に共感する心」と併せて説かれます。「慈悲・利他行」という教えをとおして、またアタリ氏の提言を意識しつつ、これから私にできることは何かを共に考え、行動に移してみませんか。