シャムチアーイー 2020/07/19更新

第二十二夜 みんな仲良く幸せに暮らしてね

 母の妹のサクーおばさんは、母の病気がだんだん悪くなっているということを知り、母の看病をするためにぼくたちの家に来てくれた。

 サクーおばさんは、昼も夜も母の看病をしていた。おばは、生まれながらにして、看病をどのようにすればよいかについての知恵をもっているようだった。彼女は生まれながらの看護婦だった。おばは母のために清潔な寝床を作った。自分のシーツを母のベッドに敷き、枕も清潔なものに取りかえた。コップに灰を入れていつでも痰が吐けるように母のそばに置いた。毎日、おばはそのコップを洗った。それから、1日おきに、熱いお湯で絞ったタオルで母の体をふいた。

 おばは体温計を持って来ていたので、熱を正確に計ることができた。熱が出始めると、湿布用の水薬でしめらせたハンカチを額の上にのせた。また、母の体の下にろう引きの布と紙を敷いて、その上に排便するように母に言った。その後、その紙を取り除いて、別の新しい紙を敷いた。彼女はできる限りの世話をしていた。

 おばは母にご飯は与えなかった。彼女は牛乳を毎日配達してもらうことにしていて、朝、牛乳にヨーグルトのたねを入れておき、夜ヨーグルトになったものをかきまぜた。そして、それをこして、きれいなバターミルクを作った。このようにして、おばはなめらかなバターミルクを母に与えていた。おばは、オンンジを何個か持って来ていたので、オレンジジュースも少しずつ母に与えていた。

 母の生涯で、これほど行きとどいた世話をしてもらったことは今まで一度もなかっただろう。一生を通して苦労が多かったけれど、死ぬ時には、おばは母に不自由な思いはさせなかった。おばは思いやりと、奉仕の精神に満ちていた。とても勤勉で、合理的な看病のやり方だった。

「マティーが、ずっとニャーニャー鳴いているわ。今日は、ご飯をやってくれたかしら」
 と母が尋ねた。マティーは母の大好きな猫だった。マティーはミルクの器にはんの少し口を触れただけだった。ほんの何滴かのミルクで、マティーには十分だった。母は自分が病気の時でさえ、マティーの心配をしているのだった。

「お姉さん、マティーにご飯はやったのよ。でも、ちょっと口を触れただけで、食べないの。ミルクとギーをかけたおいしいご飯なのに。きっと、ねずみか何かを食べたんでしょう」
 とおばが言った。
「そうでなかったら、おなかでも痛いのじゃないかしら。かわいそうに、言葉がしゃべれないのよ。知らせることができないのね」
 と母が言った。

 母の病気は日一日と重くなっていた。病気は進むばかりでよくはならなかった。

 ボンベイから、ぼくの兄が4日間の休暇をもらって、母に会うために帰って来た。兄は就職したばかりだったので、休暇はなかなかもらえず、やっと4日間の休みをもらって帰って来たのだった。母を見て、兄は涙でのどをつまらせた。

「お母さん!こんなにやせてしまって。ぼくは、むこうでおなかいっぱい食べていたのに、お母さんはひと口も食べられなかったんだね」

 こう言って、兄は泣き始めた。プルショッタムが、家の事情を全部彼に話していた。母がどんなに苦労をしたか、どのように破産宣告がなされたかなど、何もかも彼は話した。兄の心ははりさけんばかりだった。

 母が言った。
「今に始まったことではないし仕方のないことです。この体に良い物を与えようと、悪い物を与えようと、同じことです。神さまが生命の歯車を回し続ける限りは、この体は生き続けるのよ。ガジュー、悲しむことはないわ。あなたはむこうでぜいたくをしているとでもいうの?あなたこそ、一日中働いているわ。5ルピーを送ってくれたわね。私はありがたいことだと思っているわ。あなたは19ルピーの中から5ルピーをお父さんに送ってくれたのね。私は本当に誇りに思ったわ。息子から来た初めての現金書留だといって、お父さんも喜んでいらしたわ。もう心配はいらないわ。あなたたちを育て上げることだけが、私の仕事でした。あなたたちがりっぱになって、本当に良かった。お金が得られても、得られなくても、あなたたちには徳というすばらしい財産があるわ。もう、私は心配しないわ。シャムはむこうにいるし、このプルショッタムはおばさんが育ててくれるわ。お互いに仲良くするのよ。お互いのことを忘れては駄目よ」

 母はまるで遺言をしているかのようだった。

「お母さん!ここに、あなたのそばにいてもいいですか?あの仕事が何ですか。お母さんの世話ができないのなら、仕事が何になるだろう。お母さん!ぼくは仕事などいりません。本当にいりません。上司の靴などより、あなたの足に奉仕することの方が、ぼくにとっては大事です。お母さん!あなたの足もとであなたの世話をすることの中にこそ、ぼくの幸せ、ぼくの幸運、ぼくの救い、ぼくのすべてがあるのです。お母さんの言う通りにするよ。辞表を書いて持って来たんだよ。これを送ろうか」

「ガジュー、今はサクーおばさんがいるわ。仕事はなかなか見つからないのよ。やっと就職できたんじゃないの。その仕事を続けなければいけないわ。そして、お父さんに5ルピーを送り続けなさい。2ルピーでもかまわないのよ。でも、毎月、思い出して送ってちょうだい。お父さんを大事にすることは、私を大事にすることなのよ。私はそんなに早くは死なないわ。私はそれほど幸運ではないわ。少しずつ苦しんで死ぬでしょう。具合がとても悪くなったら、あなたを呼び寄せるわ、坊や」

 母の足の上に、彼は頭をのせ、それから母の顔に自分の顔を近づけた。母は彼の顔と頭を、自分のかよわい手、愛情にあふれた手でなでた。その祝福に満ちた手でなでた。

「行きなさい、坊や。心配はいらないわ。シャムにはお母さんは元気だと手紙を書いてね。彼によけいな心配をさせてはいけないわ。みんな仲良く暮らしてね。お互いのことを忘れてはいけませんよ」
 と母は諭すように言った。

 兄はボンベイヘ帰って行った。不運なシャムと同じように、不運なガジューも去って行った。母を見るのもこれが最後とは、彼は夢にも思わなかった。

 人間生活が苦難に満ちているというのは本当だ。