シャムチアーイー 2021/04/17更新

【未掲載版】第六話 スリカンダのお菓子

「母はスリカンダ・ワディ(ヨーグルトと砂糖で作るお菓子)をとても上手にこしらえることが出来た。母のスリカンダ・ワディはいつも軽い歯ざわりで見た目も美しかった。このワディを作って贈り物にするために、近所の人々は、しばしば、母を家に呼んで、お菓子作りを手伝ってもらった。母も喜んで出かけて行くのだった。他の人の役に立てることは、彼女にとって大きな喜びだった。

 パールウァティおばさんの娘のウェヌーはよく、僕達の所に遊びに来た。母は彼女に歌を歌ってもらったりした。ある日、僕が母に叱られた時に、ウェヌーが僕の涙をふいてくれた。ウェヌーはまるで僕の姉さんのようだと、僕はいつも思っていた。

 その日、パールウァティおばさんは母に言った。「シャムのお母さん、ウェヌーはあさって婚家に帰るのよ。その時、スリカンダ・ワディを持たせようと思うの。明日の午後、来てくれますか。あなたは本当に上手なんですもの。ウェヌーの婚家にさしあげるんだから、上手に作りたいの」

 僕の母が言った。「もちろん来ますとも。ウェヌーはあさって帰ってしまうの?マクラサンクラント(春を祝うお祭り)まで、ここにいると思っていたのに。私だって彼女のおかげで楽しいのよ。遊びに来て、歌を歌ってくれるんですもの」

 パールウァティおばさんが言った。「婚家から彼女を帰して下さいという手紙が来たの。娘は一旦嫁いだら、もう私達のものではありませんからね。何日か来れただけでも、有難いと思っているのよ。あのクルシュニーの婚家の人達は、もう二年も彼女を里に帰さないんですからね。彼女のお母さんはこの間、泣いていましたよ。クルシュニーよりはウェヌーの方が恵まれているわね。それじゃ、明日来て下さいね。ウェヌーをあなたの所に迎えにやりますからね。それじゃ、帰るわ」

 母はおばさんの額にクンクーをつけた。おばさんは帰って行った。次の日、昼御飯が済んだ頃、母は具合があまりよくなかった。後片付けを何とか済ませて、母はベッドに横になった。僕は母に尋ねた。「お母さん、どうして寝てるの?」

「シャム!体が痛んでいるのよ。少し揉んでくれる?」と母が言った。僕は母の体を揉み始めた。母の体は熱かった。彼女の額はひどく痛んでいるようだった。

 僕は、それから外へ遊びに行った。ウェヌーが母を迎えに来た。その時母は、まだ横になっていた。「来てくれますね、シャムのお母さん。母があなたをお待ちしています」とウェヌーはていねいに言った。

 母は起き上がって、彼女に言った。「ちょっと横になったら、眠ってしまっていたわ。忘れていたわけではないのよ。今行こうと思っていた所よ。さあ、行きましょう」

 母はウェヌーの家に行って、お菓子をこしらえ始めた。そこで色々なおしゃべりが始まった。さて、僕が遊んで帰って来ると、母がいないので、僕は母を捜し始めた。そして、とうとうウェヌー姉さんの家へ行った。僕が庭に入って来たのを見て、ウェヌーが言った。「いらっしゃい、シャム。お母さんに会いに来たんでしょ。さあ、こっちへお入りなさい。お母さんは私のためにお菓子を作って下さっているのよ。私は明日、帰るのよ、シャム」

 僕は言った。「帰ってしまうの?それじゃ、僕の涙は誰がふいてくれるの?お母さんに叱られた時、誰が僕の味方をしてくれるの?」僕はウェヌーが帰ってしまうと聞いて、悲しくなった。「こっちへいらっしゃいよ、シャム。サフランをつぶして粉にしましょう。あなたはカルダモンの皮をはいで、種だけ取り出してちょうだい。」僕はウェヌーのしごとを手伝い始めた。ウェヌーはサフランを粉にし、僕は石の板の上で、カルダモンをつぶした。

「シャム!何をしに来たの」と母が僕に尋ねた。母の声の調子で察して、僕は言った。「僕はお菓子が欲しくて来たんじゃないよ。ウェヌー姉さん!僕は食いしん坊だと思う?この間、姉さんは僕にお菓子をくれたけど、僕が欲しがったからじゃないよね」

 ウェヌーが言った。「シャム!あなたはいい子よ。シャムのお母さん!シャムを叱らないで下さい」

 母が言った。「ウェヌー!私はやさしさが足りないかしら?私も時には怒るわ。でもそれは、彼に良くなってもらいたいからよ。シャムが世間の人から悪く言われないように、私も母親として、時には彼のことを叱るわ。彼はいい子よ。でも、もっと良くなってもらいたいのよ。パールウァティ!シロップが出来たわ。御覧なさい、小さい玉になる位、とろみがついたわ」

 真ちゅうのお盆の上にスリカンダのシロップが広げられた。母はバナナの葉を使って、手早く広げていった。5分後、母は四角く切り目を入れた。そして言った。「パールウァティ!もう、しばらくしたら、このお菓子を出して下さい。私は帰ります」

ウェヌーが言った。「ちょっと待って下さい。あなたの手でお菓子を取り出して下さい」母はいやとは言えなかった。少しして、母は固まったお菓子をスプーンで取り出した。何とすばらしい出来ばえだったことだろう。パールウァティおばさんは出来上がったお菓子を箱の中に入れた。ウェヌーはワディをひとつ神様にお供えして、ひとつを僕にくれた。ウェヌーのお母さんが言った。「シャム、このお盆に残っているお菓子を全部食べていいわよ」僕は英雄のように勇んで、お盆をかすって、残っていたお菓子を全部食べてしまった。パールウァティおばさんは母にいくつかのワディを手渡した。母はクンクーをつけてもらって、家に帰った。

 僕はウェヌーの所に残った。「シャム!あなたのシャツのボタンははずれているようね。シャツを脱いで、こちらへ貸してちょうだい。ちゃんとつけてあげるわ」とウェヌーが言った。僕はウェヌー姉さんに脱いだシャツを渡した。彼女はファネレを取り出した。女の人達は針や糸などをチャンチー(布製の小さな袋)のような袋の中に入れている。それをコーカン地方ではファネレと呼ぶ。ウェヌー姉さんはボタンをつけた。そして、他の所のほころびも縫ってくれた。僕はシャツを着た。ウェヌー姉さんが言った。「シャム!グルバクシーの花を摘みましょう。そしてあなたのお母さんに持って行ってあげましょうよ」

 僕達は花を摘んで家に持って帰った。僕と一緒にウェヌーもついて来た。「シャムのお母さん!」とウェヌーが呼んだ。しかし、母はどこにいるのだろう。井戸に行っているのだろうか、それとも牛小屋にでも行っているのだろうか。母はベッドの上にいたのだった。僕達は急いで母の所にかけよった。

 ウェヌーが言った。「どうして寝ているんですか。かまどのそばにいて、気分が悪くなったのですか?」ウェヌーは母の額に手をあてた。額は燃えるように熱かった。「シャムのお母さん!すごい熱です」彼女は心配そうに言った。

 僕は言った。「ウェヌー姉さん!お母さんはお昼頃から具合が良くなかったんだよ。お昼から、お母さんは休んでいて、僕が体を揉んであげたんだよ」

 ウェヌーが尋ねた。「私があなたを迎えに来た時、あなたは気分が悪かったんですね。だから、横になっていたんですか。あなたは何も言いませんでしたね。シャムのお母さん!熱があるのに、どうして私達の所に来て、かまどのそばに座ったりしたのですか」

 母が言った。「ウェヌー!あの時は、それほど熱はなかったのよ。ただ体が少し痛んでいただけなの。シャム!さあ、行ってランプに灯をともしてちょうだい。夕方になったわ」

 僕はランプをともして、神様とトゥラスの木にお供えした。そして、母のそばに来て座った。ウェヌーは気の毒がっていた。彼女は涙声になって言った。「シャムのお母さん!体に熱があったのに、ワディを作りに来たから、熱がますます上がったんですね。ワディは無くても良かったのです。母が何とか作ったでしょう。命よりもワディの方が大事ですか」

 僕の母はやさしく、愛情をこめて言った。「まあ、これ位の熱が何ですか。ウェヌー、私達、主婦には、こんな熱、何でもないのよ。体に熱があって、額が痛んでいても、かご一杯の洗濯物を洗ってしまうわ。10人分の料理でも作ってしまうわ。そんなに気にしないでちょうだい。もうしばらくしたら、少し汗が出て、熱が下がるでしょう。さあ、家に帰りなさい。お母さんが待っているわ」

 ウェヌーは母のそばに座ったまま、立ち上がることが出来なかった。僕はウェヌーに言った。「ウェヌー姉さん!あのお花で首飾りを作ってくれる?お母さんは熱があるから、お姉さんが作ってよ」

ウェヌー姉さんは首飾りを作った。ウェヌーは母に言った。「シャムのお母さん!私のせいで、あなたはこんなに苦しんで、熱まであります。」

 母が言った。「ウェヌー!お馬鹿さんね。何を言っているの。あなたは私にとって他人かしら。娘のチャンドリーと同じように、あなたのことを思っているのよ。ワディがうまく出来なくて、婚家であなたの里の悪口を言われたら、あなたはどんなにつらい思いをしたでしょう。里のことを悪く言われて、あなたは泣いたことでしょう。婚家の人にウェヌーの里の悪口なんて言わせたくないから、私はあなたの所へワディを作りに行ったのよ。パールウァティと私は大の仲良しでしょ。彼女の娘のために、ほんの少し骨を折ったからと言って何でしょう。あなたがシャムのことを他人と思わないのと同じように、私はあなたのことを他人と思わないのよ。どうして私が迷惑がったりすると思うの?私はとても喜んでいるのよ。もしも、ワディを作りに行かなかったら、ずっと心配でいらいらしたことでしょう。さあ、もう家に帰りなさい。私は朝、あなたに会いに来るわ。夜、汗が出て、熱も下がるでしょう。朝には気分が良くなるわ。」

 ウェヌーは僕を近くに引き寄せて言った。「シャム!私の家に行きましょう。私のお母さんが豆のおかずを作ってるの。それをおわんに一杯あげるわ。そうしたら。あなたのお母さんは御飯を炊くだけでいいわ。そうじゃなかったら、私が御飯を炊いてあげてもいいわ」

 僕の母が言った。「ウェヌー!御飯はシャムが炊くわ。あなたはおかずだけ持って来てくれればいいのよ」でも、ウェヌーは耳を貸さなかった。彼女は火をおこして、米を洗い、沸騰したお湯に入れて、帰って行った。僕は料理された豆を持って帰り、急いで母の所へ行って抱きついた。僕は涙が出て来た。母が言った。「シャム!どうしたの?」

 僕は言った。「ウェヌーが言ったんだ。『シャム!あなたのお母さんは偉いわ。お母さんのおっしゃることをよく聞きなさいね。あなたはあんなお母さんを持って幸せね』こう言って、彼女は僕を抱いて背中をなでたよ。そうしたら、急に涙が出て来て、まだ止まらないんだ」

「さあ、さあ、ぼうや。御飯が炊けたら、火から降ろしてちょうだい。そうしないと、底がこげてしまいますからね。」母はやさしくそう言った。僕は御飯を火から降ろした。次の日、ウェヌー姉さんは婚家へ帰って行った。僕達は皆さびしくなった。あのスリカンダ・ワディのことを僕は今でも覚えている。ウェヌーのお母さんも、僕のお母さんも、もう亡くなってしまった。ウェヌーも、もう生きてはいない。しかし、その愛は今でも生き続けている。愛は死ぬことはない。人は死ぬ。しかし、人の徳は永遠に輝き続ける」