シャムチアーイー 2021/04/24更新

【未掲載版】第七話 ラグパティ ラーガウ ラージャーラーム(ラーマ神の讃歌)

「僕は幼い頃、神様を熱心に信仰していた。色々な神話を読んで、心の中に信仰の種をまいていた。そして、その種は少しずつ大きくなっていた。学校の友達はしばしば、僕の家に集まって来たが、そんな時、僕は神様の話や、聖人達の話しをしたものだった。僕は家で小さなおもちゃのお寺をこしらえた。小さな縁取りも付けて、銀紙などを貼って飾り付けをした。このお寺の中に美しいシャーリグラム(黒い丸い石で、神として礼拝する)を僕は置いた。チャンドラハースのように僕もそのシャーリグラムをいつも口の中にくわえていなければならないと僕は思っていた。

 日曜日には、僕は友達と一緒にたくさんの神様の歌を歌った。時々、僕達は神様の物語を音楽にあわせて歌うこともあった。僕達はムルダング(太鼓の一種)などのちゃんとした楽器はひとつも持たなかった。家にある空の金属の容器を持って来て、それをけたたましく打ち鳴らして、バシャン(神様の歌)を歌った。僕達のバシャンの音は、近所中にがんがん響いていた。

 『ウィトバの神様に花をあげた。小さな子供達がバジャンを歌っている』など、数え切れないほどたくさんのバジャンを歌いながら、僕達は踊っていた。バクティウィジャヤ(聖典の名)の中の色々な出来事を歌ったたくさんの詩句を僕達は覚えていて、合掌しながら歌ったものだった。

 『ガジェンドラの悲鳴を聞いて、あなたはすぐに助けに行きました。プラハーダルを助けるクリシュナよ、今すぐに来て下さい。ドラウパディの名誉を守り、パーンダワの兄弟を助けるクリシュナよ。牧女達を魅了する者よ、今すぐに来て下さい。孤独な人を守る、ルクミニーの夫よ。ビマ川の岸に住み、世界中の人々に信じられ、世界を守る者よ、今すぐに来て下さい』このような美しい詩句を今でも僕は覚えている。そして、それらを暗唱すると、今でも神を信じる気持ちで一杯になる。

 僕達はその頃、あまり大きくはなかった。僕はマラティ語学校(小学校)の5年生だった。11歳になったばかりだったが、その頃の方が、今よりももっと神を信じる心が深かったように思う。あの頃は何の疑問も疑いも持たなかった。純粋な信心と心からの信奉に満ちていた。11日エーカダシーに水に触れない行をしたり、神様の名を称えたり、カールティカ(ヒンドゥ暦の8月)、マーガ(同じく11月)、ワイシャーカ(同じく2月)の聖なる沐浴の行などもした。これらの沐浴の重要性はカターサーラムルトという書物に書かれている。その書物のある所に、沐浴をしてシェンディ(ブラフミンの男子の弁髪)を右側にねじるとアムルタ(不死の甘露)が得られると書かれている。あるブラフミンは王子の口の中にシェンディをしぼって生き返らせたという話がのっている。僕はその話は本当のことだと思った。僕達の村のある人が亡くなった時、僕は母に尋ねた。「僕が夜明けに沐浴をして、シェンディを右側にねじってその人の口の中にしぼれば、その人は生き返るよね、そうでしょ」

 母は笑って言った。「お馬鹿さんね。」

 あの頃の疑うこともなく心から信じる気持ちが正しいのか、現在の疑いの心が正しいのか、僕にはわからない。でも、話をもとにもどそう、僕が話そうとしていることとは別のことだから。

 4ヶ月の間、僕達の村ではガナパティ神の寺院で毎日、プラーナ(神々の物語)が語られることになっていた。有名なシャーストリ(サンスクリットの古い文献に精通した人)が来て、4ヶ月間、村に滞在する。夕方の4時か、4時半頃に、物語は始まった。ガナパティ神のお寺は僕達の家からあまり離れていなかった。その頃、僕達は祖父母の家に住んでいた。お寺で行われているプラーナが大きな声で語られれば、正面にある僕達の家まで聞こえるほどだった。10人位の男の人と20人位の女の人がお寺に来ていた。

 その日は日曜日で、お寺ではプラーナが始まっていた。母もプラーナを聞きに行っていた。母はプラーナを長時間、聞くことはなかった。しばらく聞いてから、神様に礼拝して帰るのが常だった。家には誰もいなかったので、僕達、子供達は家に集まって、バシャンをすることになった。家中の金属製の容器を集めた、バシャン用の小さなシンバルを鳴らしながら、バジャンが始まった。僕達は踊ったり、歌ったりした。金属製の箱を打ち鳴らすけたたましい音が僕達には快く感じられた。子供時代には、あらゆる音の中に音楽を感じ取ることが出来る。子供達は空缶をたたいて音を出すことに喜びを感じるが、大人達は頭痛を起こす。

 『シュリーラーム、ジャヤ、ジャヤ、ラーム、ジャヤ、ジャヤ、ラーム』というような合唱が響いていた。僕達は狂ったように演奏に熱中していた。

 『神様とすもうをしよう。私達は本当に神様を夢中で愛している。本当に神様の愛に酔っている。』このような僕達のうるさい合唱のために、お寺のプラーナは妨げられた。シャーストリのプラーナを誰も聞き取れなくなった。「あのいたずらっ子達の仕業だな。」と誰かが言い出した。「これはみんな、あのシャムのいたずらに違いない。ここでプラーナが語られていることがわからないのだろうか?」「それにしても、家の人達はよく我慢出来るもんだ。やめさせないんだろうか。」「いやこの頃の子供達は甘やかされているんだよ。」このような会話がお寺の中で、やりとりされていた。僕達のバシャンはなおも盛大に演奏されていた。僕達は回りの世界のことなどすっかり忘れていた。

 お寺に集まった人々はグラウ(お寺で働いている人)を読んで言った。「シャムの家に行って、この馬鹿騒ぎをやめるように言って下さい。ここではプラーナが語られているんですから」しかし、彼が出発する前に、母はお寺から帰って来ていた。人々の言葉を聞いて母はいたたまれなくなり、急いで帰って来たのだった。僕達は家中に騒音をまき散らしていた。」   母が帰って来たことさえ、僕達は気づかなかった。母が近くに立っているのに、僕達は踊り続けていた。とうとう、母が怒って言った。「シャム!」その声には怒りが満ちていた。僕は恐くなった。バジャンは中断され、シンバルや空缶の太鼓は静かになった。母はとても怒っていた。

 「お母さん、どうしたの?」と僕は尋ねた。

 「こんな馬鹿騒ぎをして恥ずかしくないの」母は怒りを含んだ声で言った。

 「お母さん、これが馬鹿騒ぎなの?僕達は神様の前でバシャン(神様の歌)を歌っているんだよ。このシャーリグラムを僕にくれたのはお母さんでしょ。見てよ、何てきれいなんだろう。傘の先の白い部分を取って、シャーリグラムに冠をかぶせたんだよ。お母さん、怒ったの?」僕は母のサリーの布をそっと握って尋ねた。その時、お寺のグラウがやって来て言った。「シャム、お寺ではプラーナが語られている最中なんだよ。君達の騒ぎをすぐにやめるんだ。君達のやかましい声で誰もプラーナを聞き取れないじゃないか」

 「僕達はやめないよ。あちらでプラーナが語られているんだったら、これらでもバジャンの最中なんだからね」と僕の友達のひとりが言った。

 「ねえ、シャム、もっと穏やかにバジャンを歌いなさい。こんな空缶やシンバルをたたく必要がどこにあるの。大声でどなれば、神様が来て下さるというわけではないのよ。自分のせいで、他の人に迷惑がかかっているとしたら、そんなバジャンは意味がないでしょ」と母は静かな声で言った。

 「昔の聖人達もシンバルを打ち鳴らして、バシャンを歌ったんでしょ」と僕は言った。

 「でも、他の人に迷惑をかけるために、わざと打ち鳴らしたわけではないわ。他の人に迷惑がかかったなら、聖人達もバジャンをやめたと思うわ。シャム、あなたにとって、神様の名を称えることと、シンバルを打ち鳴らすことと、どちらが大事なの?」と母が尋ねた。

 「シンバルを打ち鳴らすと、面白くてたまらないんだ。ただ、神様の名を称えるだけではつまらないよ」と僕は言った。

 「静かに手で拍子を取りなさい。リズムをつければ、それで充分でしょ。強情を張っては駄目よ。シンバルを打ち鳴らすことは重要なことではないわ。あなた達は神様の名を称えることよりも、大声でどなったり、シンバルを鳴らしたりすることの方が好きなの?シャム、神様に礼拝しても、他の人に迷惑がかかるなら、その礼拝は何にもならないわ。自分の礼拝が他の人の礼拝の邪魔にならないようにしなければならないわ。あなた達はもっと穏やかにバジャンを歌いなさい。そうすれば、あなた達の目的も達せられるし、お寺のプラーナもうまく行くわ。あなたはもうお寺に帰って下さい。もうこの子達は騒ぎません」こう言って母は出て行った。グラウも出て行った。

 僕達子供の間では口論が始まった。「僕達にバジャンをやめさせようなんて、何て頭が堅いんだろう。あの人達のプラーナよりも、僕達のバジャンの方が神様は好きに違いないのに。あの人達はプラーナを聞いているけれども、プラーナが終わった瞬間に、町の誰かれの悪口を言い始めるんだ」などと僕達は言っていたが、どうしたらいいかは決まらなかった。とうとう僕は言った。「僕達が間違っていたんだよ。僕達はもっと穏やかにバシャンを歌うことにしよう。そして、ただ手拍子だけを入れることにしようよ。大きな音を出せば出すだけ、いいってわけじゃないんだよ」

 「シャム」、君は弱虫だ。そんなの僕達、いやだよ」とバプーが言った。

 「どこが弱虫なんだい。考え深く行動することはりっぱなことだよ。考えもなしに行動するのが勇気のあることなのかい」と僕は尋ねた。

 僕の考えに反対して、友達は帰って行った。彼らにとっては、ラーマ神の名を称えることよりも、空缶を打ち鳴らすことの方が大事だった。僕はひとりぼっちになってしまった。僕は臆病だったんだろうか。僕にはわからなかった。僕は泣きながら神様の所へ行って、「ラグパティ ラーガウ ラージャーラーム。」と神様の名を称えた。

 少年時代、僕の友達はあの日、僕を捨てて行ってしまった。それと同じように、大人になった今でも友達は僕を捨てて行ってしまうかも知れない。そして僕はひとり残されるだろう。子供の時と同じように、今でも泣きながら「ラーム、ラーム」と神様の名を称えるだろう。ラウィンドラナータ・タゴール(インドの有名な詩人)はこう言っている。

 「君はひとりで行かねばならないだろう。さあ、行きなさい。君のランプを持って行きなさい。人々の批判の嵐が吹き荒れ、君の手にしたランプは消えるかも知れない。それでも、もう一度ランプをともして、前へ進みなさい。君はひとりで行かねばならない」」