シャムチアーイー 2021/06/26更新

【未掲載版】第十六話 貧しき者が受ける仕打ち

 シャムは話し始めました。

 「僕たちの借金は、日に日にふえて行った。期限までに利子さえも払えなかったからだ。僕達は土地をいくらか持っていた。父が最初にその中の大きな畑をひとつか、ふたつ売っていたならば、ほとんど全部の借金は返済することが出来たはずだった。その上に、食べてゆくのに充分なだけの田畑も残ったことだろう。しかし、父にはそれが正しいこととは思えなかった。土地を売ることは罪であり、不名誉なことだと父は思っていた。

 その夜、母の父、つまり、僕達の祖父が家にやって来た。祖父のことを僕達はナナ(おじいちゃん)と呼んでいた。祖父は父に話があって来たのだった。父を説得出来るものなら、説得してみようと思って、やって来たのだった。祖父はとても賢い、働き者の紳士だった。現実的で、数字に強く、交渉も上手だったが、自分の知識をとても自慢にしていた。誰かが、自分の言ったことに異論を唱えようものなら、とても我慢出来なかった。性格も少し怒りぽかった。並はずれて頭の良い人は、自分以外の人には才能がなくて、自分だけがすべての才能を持って生まれて来たかのように思いがちだ。ナナの性分もそんなところがあった。

 僕の父はヴェランダに敷物を敷いて座っていた。母は家の中で食事をしていた。祖父が外に出て来て、父と話し始めた。

 祖父が切り出した。「いいかね、バウ、今日は最後と思って、君に話しに来たんだよ。私は君に前に何度も、忠告して来たね。しかし、それを君は本気で聞かなかった。しかし、もう死活問題なんだよ。もう、目を覚まさなければならないよ。土地を売ってしまいなさい。少なくとも、初めにあのマールワーディーの借金は払ってしまいなさい。他の金貸しのことは、後で考えよう。彼らは少しは待ってくれるし、利子の率もあまり高くない。ダポリのマールワーディーに借金を返すことが先決問題だよ。日毎に、借金はふくれ上がっている、返さなければならないお金も、日に日にふえている。それで、すっかり破産してしまうことになるだろう。私の意見を聞きなさい」

 しかし、どうして、あなたは私のことをそんなに気にかけて下さるのですか。貧しい人間には、何もわからないとでも言うのですか?ナナ!自分の借金のことは自分で考えます。あなたは、心配しなくてもいいんですよ」と父は皮肉を込めて言った。

 「バウ!もう黙って見てはいられないから、私は来たんだよ。つらくてたまらないから来たんだ。私に関係があるどころではないから、来たんだよ。私の大事な娘を君に嫁にやった。だから、夜こんなに遅く、ぬかる道を歩いてきたんだよ。可愛い孫達に少しでも田畑や家をこの村に残してやりたい。この先祖代々の村から、彼らが追い出されて、路頭に迷うことのないようにと思って、私は来たんだよ。まもなく、何もかも差し押さえられるだろう。せりにかけられたら、家財道具は二束三文で売られるだろう。君のパーヤレーの土地を1500ルピーで、ウィサプールの人が買いたいと言っているから、売ってしまいなさい。この機会をのがしたら、二度とこんな値段では売れないよ。マールワーディーの借金を払ってしまえるじゃないか」とナナは熱心に言った。

 「ナナ!パーヤレーの土地をどうして売ることが出来ますか。このパーヤレーの土地の上で、私達は大きくなったんですよ。あの土地は私達が耕して、広げたのです。大きな岩を力を入れてこわしたり、時にははっぱをかけて岩の地盤をこわしたこともあります。こうして、私は田畑を作ったのです。10マン(約1000キロ)の作物を生みだす畑を、3カンディー(約6マンキロ)作物を生み出すようにしたんですよ。井戸も掘りました。それなのに、パーヤレーの土地を売れって言うんですか。子供達もパーヤレーの土地をどんなに愛しているでしょう。子供達は週末はあの畑の上で過ごしたものです。あの畑で、ドゥールワおばさんと一緒に、ナスのサラダや御飯を食べたものです。あそこに、どれだけたくさんのマンゴーの木や花の木を植えたことだろう。あの土地に私達はどれだけ愛着を持っているだろう。土地自体が本当にすばらしい。金さえ、生えそうに、すばらしい土地です。日に日に、土地も見ることが出来なくなっている。先祖の土地をふやすことが出来ないならば、せめて大事にしなければならないのではないでしょうか。ほんの少しの土地も、私は売ることは出来ません。自分の心臓の一部を一部を切り取ることが出来ないように、自分で自分の土地を売ることは出来ないのです。自分の母を売ることが罪であるのと同様に、また、自分の牛小屋の牛を売るのが罪であるのと同様に、土地を売るのも罪です。土地は母そのものです。土地の作物のおかげで、私達は養われているのですから」と父が言った。

 「バウ!大きなことばかり言っていても、世の中では通用しないんだよ。話の上だけのスープや御飯を食べても、体に肉はつかないんだよ。土地は母親と同じだから売ることは出来ないと、君は言っているが、それじゃ、他の人の土地は買えるのかね?取り上げることも出来るのかね?そんな時、その土地は他の人の母親だとは思わないのかね?私の前で、道徳を説くのはやめなさい。ある時、君はひとの土地を差し押さえて、せりにかけたことがあるね。あの時、君はその人の母親を奪ったことになるんじゃないかね。土地は売ったり、買ったりするものだよ。現実を見なければいけないよ。将来、神様のおかげで、子供達が大きくなって、職にちゃんとついたら、また、土地を買いもどすことが出来るんだよ。この土地が駄目なら、別の土地をね。しかし、借金に頭を押さえつけられながら、一体、どうやって、土地の世話をしたり、守ったりすることが出来るだろう。もうすぐ、何もかも差し押さえられて、そのことが太鼓を鳴らして村中に知らされるだろう。警察がやって来て、家財道具もせりにかけられるだろう。家にはかぎがかけられ、君は完全に名誉を失うだろう。そんなことが起こらないように、自分で名誉を守る方がいいか、それとも、手をこまねいて、じっとしているのがいいのか、考えてごらん」とナナが言った。

 「私の名誉のことは私は考えます。私の名誉はあなたとは関係ないでしょう」と父が言った。

 「それは私の名誉でもあるんだよ。だから、私はここへ来たんだ。君は私の婿むこだということを忘れたのかね。人は言うだろう。『誰かさんの婿殿の家は差し押さえられた』と。君の名誉は私の名誉でもあるんだよ。私の嫁の名誉は私の名誉そのものだ。落ち着いて考えてくれないかね、馬鹿みたいに意地をはるのはいいことではないよ」とナナが言った。

 馬鹿とでも何とでも言って下さい。あなたも、世間の人も、今は私を馬鹿呼ばわりする機会を得たのだし、そうする権利もありますからね。馬鹿とでも、無能とでも、呼んで下さい」と父が言った。

 「呼ぶともさ。呼ばなくてどうするんだ。君は高貴な貴族の家柄で、自分達は貴族だと言いたいんだろう。貴族の家柄と聞いて、娘を嫁にやったんだよ。持参金も持たせたんだよ。娘の結婚生活が幸せであることを願って、嫁にやったんだよ。娘の名誉を傷つけるために嫁にやったのではないんだよ。君は貴族なんだろう。これが貴族様かね。妻の身を飾るたった1個の半端な宝石さえなく、美しく着飾ることも出来ず、食べる物さえない。これが貴族だと言うのかね。戸口には借金取りがいて、妻に言いたい放題の事を言っている。これが貴族と言えるだろうか。これでは、ちゃんとした家持ちとさえ言えないよ。つまらない人間だ。それでも、自分は貴族だと言うのかね。何て、君達はいばっていたんだろう。30年間の結婚生活を通して、君は何を学んだのかね。ほんの少しの常識さえ、身につけなかったようだね。誰もが君をだまして、君を追い出してしまった。少しは、目を開いて下さいよ。貴族様!乞食の一歩手前なのに、まだ貴族のつもりでいるのかね。いいかい、自分に常識がない時は、少なくとも、他の人の言うこと聞かなければならないのに、それさえしないんだね。この馬鹿さ加減は何なのかね。このこっけいさを何と呼べばいいんだろう。バウ!こんな馬鹿げたことはもうたくさんだよ。私が言う通りにしなさい」このようにナナが話していた時、母が家の中から出て来た。

 ふたりの会話は、母にとっては聞くに耐えないものだったが、母はつらい思いで聞いていた。しかし、もう母は黙っていられなくなった。彼女は外へ出て来て、ナナに言った。「ナナ!私の家に、あなたは座っているんですよ。あなたは、娘を嫁にやったのですから、言いたい放題のことを言ってはいけないわ。誰もが石を投げつけるからと言って、あなたまで投げることはないでしょう。ナナ!あなたの娘の徳こそ少ないのです。だから、この豊がだった家が落ちぶれてしまい、こんなにつらい時代が来たのです。あなたの娘が嫁に来る前には、何もかも、すばらしくうまく行っていたのです。なぜ、彼が貴族だということを持ち出すのですか。自分の娘の運が悪いのだと言って下さい。今日まで、私が幸せに食べて来られたのも、今まで誇りを持って生きて来られたのも、うちの人の徳のおかげです。私が不運なのです。あなたの娘が不運なのです。うちの人が土地を売れないと言ったら、売れないのです。起こることはどうしても、起こるのです。うちの人の心を傷つけるのはやめて下さい。起きることは、起きて過ぎていくけれど、傷ついた心はいつまでも傷ついたままです。ナナ!割れた真珠は元通りにはなりません。傷ついてしまった心は、治すことは出来ないのです。うちの人の心を傷つけるのだけはやめて下さい。私の目の前で、侮辱するのはやめて下さい。あなたの娘のいる所で、どうしてその主人をあざけったりするのですか、どんな人でも、私の主人なのですよ。私達に何が起ころうとかまいません。それも、すべて主人に考えがあってしていることです。子供達にとって悪いことをしようとでも思っているのでしょうか?神様は何でも御存じです。智慧を下さるのは神様なのですから。ナナ、わけもなく罵倒ばとうするためなら、もうこの粗末な家には来ないで下さい。娘とその主人に心からの祝福を与えるためなら、来て下さい。やさしい言葉をかけるためなら来て下さい。忠告や悪口はたくさんです。ナナ!私がこんなことを言うのを許して下さい。貴族の家柄とおっしゃいましたね。ナナ!本当に貴族の家柄だったではありませんか。村中の人々が尊敬していたことは、あなたも知っているでしょう。人生がいつも同じとは限りません。今年、マンゴーが全部、実らずに落ちてしまったとしても、来年もまた、花が咲きます。木が枯れてしまっても、新しい若葉が出て来ます。ナナ!怒らないで下さい。あなたの足元にふしてお願いします。私達に起こることは、どんなことでも起こればいいのです。でも、もう二度と、うちの人に当てこすりを言わないで下さい。このことだけをお願いします」こう言って、母は本当に、ナナの足元にひれふそうとした。

 「バイヨー(母の呼び名)!立ちなさい。お前が望むなら、ご覧、私は出て行くよ。今日を限りに二度とこの家には足を踏み入れないよ。わかったね!私はもう年寄りなのに、こんな目に会わなければならないんだね」こう言って、ナナは立ち上がった。

 「ナナ!そんな意味で言ったのではないのです。そんなに悪く取らないで下さい。これからも会いに来て下さい。私はこの娘であると同時に、うちの人の妻でもあるのです。私はどちらも尊重しなければなりません。私はあなたを必要ですし、うちの人も必要なのです。ナナ!幸運は私達を見捨てて行ってしまいました。兄弟も私達を見捨てました。あなたまでも、私達を見捨るのですか。ナナ!また、会いに来て下さい。愛情を持って、私達に会いに来て下さい。あなたのバイヨーのところへ来て下さい。来てくれますね」母は涙でのどをつまらせた。

 「いいや、私はもう来ないよ。自分の言葉を聞いてもらえるようなもらえないような所に、どうして来れるんだい」こう言って、ナナは去って行った。

 「ナナ!自分の口から出た言葉の方が、自分の娘よりも大事なのですか?ああ、行ってしまった。どうしたらいいんでしょう。仕方がないわ。あなたはもう寝て下さい。額に油を塗って、揉みましょうか。気分が楽になりますよ」と母は父に言った。

 「この不運な男の額に油を塗って、何になると言うんだ。君はもう、むこうへ行きなさい。ひとりで休ませてくれ」と父は怒りで我を忘れたようになって言った。

 可愛想な母!母は立ち上がって行った。幼いプルショッタムは眠っていた。彼のふとんをきちんとかけなおして、母は外へ出た。どこへ行ったのだろう?他にどこに行けるだろう。トゥラスの木の庭に行って、トゥラスの女神の前で涙を流していた。あちこちに、背の高いマンゴーの木が静かに立っていた。風も止んでいた。空も静かだった。僕の母は座ったまま泣いていた。借金が母を泣かせていた。借金が僕の母を、昼も、夜も泣かせていた。