法話 2022/11/17更新

月のウサギはどこから来たの

 11月8日の皆既月食を観られた方も多いことでしょう。西蓮寺は、東の方角に山がありますので、皆既食の始まる時間帯は境内から月が見えません。そこで孫と一緒に坂を下り、お隣のご門徒田原さんご一家とともにその瞬間を迎えました。続いて迎えた天王星食が始まる瞬間は、境内に据えた反射望遠鏡をとおしてはっきりと観ることができました。皆既月食中の惑星食は、1580年以来ということで話題でしたが、当山西蓮寺の開基はその6年後1586年と伝わっており、時の経過を不思議に感じながら過ごしたよきひと時でした。

 月にはウサギがいる、という伝承は皆さんよくご存じでしょう。赤銅色に変化した月の表面を見ながら、ウサギの姿を想像した方もきっとおられたことでしょう。なぜ月の表面にウサギがいるのか、という伝承は仏教と深いつながりがあります。仏教に関する絵本を手にされたことはないでしょうか。釈尊、お釈迦様や親鸞聖人の生涯に関する絵本もありますが、実は仏教の絵本の中には、イソップ童話やおとぎ話のように楽しく、また愉快な内容を持つ、そんなお話も少なくありません。そんなお話を載せた絵本がたくさん出版されています。

 なかでもインドで生まれた「ジャータカ」と呼ばれる仏教説話(仏教文学)をもとに作られた絵本があることをご存じでしょうか。「ジャータカ絵本」「ジャータカ物語」などというタイトルで出版されています。京都の本願寺出版社からは、「お釈迦さまのものがたり」というタイトルで数冊の絵本が出版されていますが、その中のお話はすべて「ジャータカ」から採られたものです。

 紀元前2世紀頃に造られた仏塔(ストゥーパ)、そこにある浮彫りレリーフの題名を記した銘文、文章には、「ジャータカ」ということばがみられます。すでにこの頃、つまり約2200年前のインドの仏教徒の間では、「ジャータカ」というジャンル(の物語)がすでに存在していたということです。さて、この「ジャータカ」というのは、ブッダ釈尊あるいはその弟子たちの、(この世に生まれてくるより)前の生涯における数々の行為を伝えるお話です。とりわけ釈尊がこの世において悟りを得られたのは、数々の前の生涯(前生)において、釈尊が善き行為を積み重ねた結果であると、仏教徒は考えました。その数々の生涯における物語、これをジャータカと呼んで、仏教徒はたくさんの方々に語り、広めていくことになります。インドの古代語でありますパーリ語で、547のお話が伝えられていますし、サンスクリット語や中国語でも数多くのジャータカが伝えられています。また、ジャータカを題材とする浮彫り彫刻や絵画がたくさん制作されていきました。

 ジャータカでもっとも有名な話の一つが「月のウサギ」です。なぜ月にはウサギがいるのか、このことを伝えるのがササ(うさぎ)・ジャータカ、「ウサギ前生物語」です。満月の日に、修行の方に布施をするという善き行いをするよう仲間の動物たちに進めたものの、草以外に布施をするものが何もないウサギは、修行者がお見えになった時、私をお食べ下さいと言って自ら火をつけた焚火の中に飛び込みました。しかし、その身はいつまでも焼けません。不思議に思ったウサギに修行者は、「実は私は天の神サッカ(帝釈天)である。自らを犠牲にして布施を行おうとしたその尊い心が世の人々に知られるように」と言って、周りの山を絞った汁で月の表面にウサギの姿を描きました。その時のウサギが実に私(仏陀釈尊)だったのです、という言葉で物語は終わります。

 このササ・ジャータカは、インドからシルクロードを経て中国から日本に伝わり、平安時代に編さんされた『今昔物語集』に収められ、月のウサギの話が定着するようになりました。なお、ウサギが餅をつくようになるのは、江戸時代からだと言われています。1990年代に流行った「月に代わってお仕置きよ!」で有名なセーラ―ムーンもその源は「ジャータカ」にあるのでしょうか。月のウサギに会える来月以降の満月、3年後の皆既月食が楽しみです。322年後の皆既月食時の土星食はもちろん無理ですが。